夜はこれから

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海の日超えたし本気出す かもしれない

最近物忘れが激しくなってきた 
ということで、まずは毎日、何か書くことからリハビリしていきたいと思います

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  1. 2015/07/21(火) 00:10:44|
  2. 雑文

サンキュー不可思議/wonderboy

2015年6月23日、そして不可思議/wonderboyの映画のDVD発売の6月24日があって、なんとなく、
自分の中で一区切りがついたので、

不可思議/wonderboyと自分のことを書き残そうと思いました 
先に書いとくけどかなり酒を入れてます じゃないと内容が中二ぽくなるのは間違いなくて恥ずかしくてよう書けないから


自分が不可思議/wonderboyを初めて知ったのは、記憶があいまいやけど、おそらく、2010年頃?にネットで少し話題になった「世界征服やめた」を聞いたときで、その時は、バックに流れる相対性理論の曲を消すくらいに叫ぶような曲で、すげえな俺こういうの嫌いじゃないぜってな感じで、でもその時は一度さらっと聞き流したくらいで、終わったように思う 


今思うと、この時まだ不可思議/wonderboyは生きてたんだよな
悔しいな 当時の自分に 


次に聞いたのは一気に年が進んで、2013年の春、福岡で3人でマンションの一室をシェアして住んでいて、家で毎日のようにやっていた飲み会の時に同居人が流した「Pellicule」だった
こっちは結構記憶が残っていて、飲み会の乾杯前に「とりあえず飲もうぜ」というフレーズが聞こえてきて、
めっちゃいいタイミングでいいリリック聞こえてきたやんいいねこの曲!乾杯!みたいな感じで飲みをはじめつつ、同居人にこのアーティスト誰なん?って聞いて、即効でその後調べてた思い出が残っている

ただ、その時に不可思議/wonderboyが既に亡くなっていることを知った


あとはもう速攻でアルバムを購入して、千本ノックばりにこの曲をはじめとして不可思議/wonderboyの曲を聴きまくったPelliculeは今でも酒の席で酔っ払い始めたら歌詞を思わずうたってしまったりする。。


自分と同い年の不可思議/wonderboyは、もちろん一方的な思いやけど、すごく自分自身と似ている感じがあって、聴けば聞くほどにはまっていった 生前のブログを読んだり、不可思議/wonderboyについて書いている人のブログを検索して探したりした


”女の子にデートをドタキャンされた今日の空はなぜかとても綺麗だ。”
とかブログの記事のどっかにさりげなく書いてたけど、めっちゃわかる よこしまな思いが霧散した瞬間の世界はむしろ子どもの時の夏休みの夕方のように綺麗に見えるんだよな まあ、あくまでも一方的な自分の思いやけどね、ってこういうふうに思っちゃう感じまでひっくるめて似てるんじゃないかって思ってる 気持ちわるくてすいません


俺が不可思議/wonderboyを何より好きでシンクロしてると思ってるのは、人が好きやけど恥ずかしがりやっていうところ ちゃうかなって思ってます これも勝手に俺が思ってるだけやけど


ブログ読んだり曲を聞いてると、少なくとも自分にはもうそんなふうに感じられて、それは俺自身も全くそうで、俺は人が好きすぎて、見知らぬ人でもなんでもどんどん会って話をしたくて俺はとても嬉しいってことを伝えたいんやけど、でも恥ずかしいし相手はどう思ってるかわからんし気持ち悪がられるんじゃないかとか不安にもなるけどでも少なくとも一方的でも俺は嬉し楽しいっていうようなそんな気持ちを酒でごまかしながら勢いで伝えるってくらいにしかできないんやけど、不可思議/wonderboyも似た思い持ってたんじゃないかなって、代わりにライブでそんな感じを伝えてたんじゃないかなって、
そしてそれはヒトコトで言うとめっちゃかっこいい って俺は思ってます


一瞬一瞬の出会いやライブ、打ち上げやもっというなら何気ない瞬間、の全てではなく、はっと気づいた時に、ネジ締め直して全力でその瞬間を味わい、考え、悩み、動く、みたいなことを繰り返す
文才のない俺がこじらせて書いたものでは1%も伝わらないけど、なんかそんな生き方をしているように思えて、、
それはまさに俺自身が目標とする生き方、刹那的、っていうのが近いかもしれないけど決してそれだけではなくて、常に全身全霊でないかもしれなくて、怠惰なときやめっちゃ普通なときや迷いもあって、でもそれでよくてそれもひっくるめての自分で、人が好きで言葉が好きで知らない人や場所に遭遇したくて、日々を生きる。


っていう感じかな、不可思議/wonderboyなのか自分のことを書いてるのかよくわからなくなったけど
個人的にシンクロしすぎた ここまでの感覚は、これまでに聞いたどのアーティストにもなかった
個人的にはフィッシュマンズがそれまでは何より一生モンで好きだという感じだったけど、時代も違うし
シンクロと言っても人そのものとしてどうこうではなかった(フィッシュマンズはバンドやしね)
不可思議/wonderboyはまじでヤバい。もはや好きというより俺の感覚そのものやんみたいな



出会ったこともなく同い年というくらいの俺からもはやストーカーばりに好きになられて申し訳ないけど
それくらいの感覚をもてるアーティストです フィッシュマンズはまってた時はもうこんなシンクロする
アーティストは現れないやろなあって思ってたけど現れちゃうから音楽ってすげえやってなるしやからこそ
音楽が好きやし人と会うのが好きやしってなる 

そんな感じで毎日アホみたいに聴きまくり周りの友達にも薦めまくり福岡時代の友達とはほんとうに毎日曲をBGMに飲みまくり常連になってたバーではこの曲を店内で流してもらったり技術もないのに酔っ払ったらフリースタイルを始めたりという感じではっとなった時の瞬間や飲み会やらの日々を全力で過ごしていたら不可思議/wonderboyの映画化の話を目にしたのが2014年の夏だか秋くらい

映画はもうできててすげえなっってなってでも東京でしかこういうのはやらないんだもんなああって思いでも東京でも行くから何かこの映画を作ったひと、この人達は俺なんかより更に好きでたまらなくて人にも伝えたくてそして残したくてその思いの初期衝動で突っ走っていったんだろうなあっていうこの製作者の人たちと縁が生まれたりとかそうでなくてもなんの手伝いでも映画は見れるやろと思って意を決して自分のプロフィールと不可思議/wonderboyが好きですっていうメールを送った 

今思うといみわからんくらい書いててストーカーじみてたと思うあれは初対面で引くレベルやと思う思い返せばメール送るときも酒のんで勢いで送ってたなあ、なんか忙しいやろから読まんやろとか引かれたらどうしようとか乙女みたいに悩んでたけど勢いではっとなって酒入れて、別に製作者に嫌われたり引かれても一方的に俺が不可思議/wonderboy好きで曲を聞き続けることができなくなるわけちゃうしっていう感じで送った気がする


そして送ったけどもちろんすぐには返事はこず
あっ…やってもうたなっていう思いと1%くらいの忙しくて、もしくは俺以外にもそらもう全国の不可思議/wonderboyシンクロしすぎた人たちのメールが殺到してて埋もれたか迷惑メールはいったかくらいの思いが混ざり、なるようにしかならん!としばらく放置してたら返事がきて、時がきたら連絡します!ってな内容でlowhighwhoの方から返事がきて、わかりましたなんでもやるので必要になったら連絡ください!って感じの返信をおそらくしてたら冬になり今度は映画のフェイスブックページができ、そして公式サイトができ、そこにも手伝い募集とあり、あれまだ募集してるんやと見ててやっぱり気持ちが高ぶって、フェイスブックのほうに今度は書いたらまた返事をもらい、その時大阪と福岡の上映ができそうなところをピックアップしますっていっていくつか送ったら映画のプロデューサーのくさなぎさんから電話が急にきて、むしろもうディスクとか貸すから企画して主催していいよっていう感じのことを言っていただいて、なんか東京の上映会の手伝いかと思ったらむしろ大阪でやりますっていうのがこの電話の時に決まった、はず。くさなぎさんと直接お会いできたのは一度別の仕事で東京に行った時の30分くらいだけしか今はまだないけど、すごく全身から溢れてる感じの方でした 余談ですが僕が今一番一緒に記憶を飛ばしたい著名人はくさなぎさんと観音クリエイションさんです

場所として大阪でいくつか自分の中で候補があってクラブかもしくはあえてのギャラリーかもしくは王道ミニシアターかでいくつか目星をつけていってる最中に別件で会った、候補のひとつにしようかどうかくらいの場所の人とはなしをする機会があり不可思議/wonderboyの話をしたらまさかのその施設の担当の方がかなりのポエトリー・リーディング好きで、なんと東京生活中に生きてる不可思議/wonderboyが出ているSSWSを見たと言われて、もうなんかこれはもうこの場所で開催しろってことやなと自分の中でほかの場所の打診をかけることもせずこの場所で映画を上映することに決めた
このことはニコ生でも電話にてはなしをさせていただいたけど、本当にもってるなって思った、俺がもってるというよりは不可思議/wonderboyがもってる こうして全く想像もしなかったところと人と人とところを繋いだんやから

そうして会場も決まり公式発表のち予約受付開始して、自分の携帯番号を晒して予約ダイヤルにしたわけやけどももう電話がすごい 本業の仕事中だろうが飯くってようが友達と飲んでようがガンガンかかってくる 
もうなんだろうな、席数も上映日も少ないことがわかるから、俺と同じくらい好きなひとは情報見た瞬間にかけてるんやと思った すごいのは夜中の2時とか3時に普通に電話をかけてくる 普通ならこんな時間にかけてくるとかさすがにあかんやろって思ってたかもしれないけど、おそらく、好きで好きでたまらない不可思議/wonderboyの映画をなんとしても見たい、すぐに予約しないとっていうその思いが、初期衝動こその動きやったんやと思う 

だからむしろなんかそんな思いを勝手に俺は感じて嬉しくて、夜中の電話やのにえらくハイテンションで受け答えしてしまってたと思います 好きだからっていう気持ちは本当に力やね
そんな感じやったからあっという間に予約が埋まってしまい、満席ですと伝えるのは本当に辛かった。。
なのでDVDが出てくれたのは本当によかった 


上映会もお手伝いしたいという連絡もあり当日も手伝ってくれた方もいて本当によかった ここを見てるかわからないけど本当に感謝しております お声がけしてくれるだけで本当に嬉しかったです 上映が終わったあともわざわざ声かけてくれる方々がたくさんいらっしゃって、むしろそのことに涙が出た
間違いなく不可思議/wonderboy好きなひとたちで、俺なんかがやってなくてもきっとこの中のみんなが
大阪上映やってくれていたに違いないって思った 来場者の9割以上とはもう会うこともないのだろうけど、でも一割でも、お互いの残りの人生の中で何かの機会であって、あのときの、、とお互いがわかった瞬間のあなたの表情と俺自身の嬉しくてたまらない気持ちを味わえる可能性があるっていうだけで今後の人生の楽しみの数が×来場者数、増えたようなものです 本当にありがとう


大阪上映の後、少しだけ来場者の方の前で話をさせてもらった時にも言った気がするけど、この映画を見て俺が最終的に思った、というかいいなあって思ったのは、この映画を見たあと、きっと来場者の方々はこの映画の内容や不可思議/wonderboyについてのことを人に話したり薦めたり酒の肴の話題にしたり、するんだろうなって思って、それってその話題の対象が仮に不可思議/wonderboyでなくても、そうやって人と人が好きなもの、ことについて話ししたり共有したりするのってほんまにいいなあって思って、そういったことを大切にしたりしながら日々を生きていくことの素晴らしさっていうか、別に俺の言ってることめちゃ普通のことやし毎日行われてる人とのコミュニケーションの基本って感じやけどでもこういう感覚を、、
まあうまく言えないし世の中そううまいことばかりでもないし人だって良い人ばかりじゃないこともわかるけど、わかるからこそっていう、ね 


まあとにかく不可思議/wonderboyは俺にとってとても好きなアーティストです
これからもずっと聞き続けるし、不可思議/wonderboyを好きになった自分を好きになれたことが嬉しかったです


”人生はきっと流星群からはぐれた彗星のようなもので行き着く場所なんてわからないのに命を燃やし続けるんだよ だから、だから十年後のお前は今のお前を余裕で笑い飛ばしてくれるって 十年後の俺は今の俺を笑い飛ばしてくれるって 間違いないよ” 

よく俺はいろんな人に生き急いでるって言われるしたぶんまちがってはないけど、でも今は基本的に長生きしたいなって思ってます そんでもっていろんな人と出会って、話をして、仲良くなれるかはわからないし全員と仲良くなる必要はもちろんないんやけど、同じ時間を過ごしたい そしてもし仲良くなれたら、次はいつ会うのかわからないけど、5年後とかそんくらいかもしれないけど、再会したらこう言いたい

「とりあえずは飲もうぜ」

そんな感じで!
サンキュー不可思議/wonderboy
  1. 2015/06/28(日) 02:57:04|
  2. 雑文

なんとか1ヶ月は立たずに次を書くことができた

タイトルのとおりです

なんとか一ヶ月立たずに次の文章を書くことができた というのは、時間的な要素や、自分の心境、仕事の進捗、家の状況、その他もろもろ、自分にとって文章を書くにあたってのきっかけとなる様々な要素が、なんか今のこの今のタイミングでちょうど合わさった結果なのだということです


もはやブログでも日記でもないこの文章は何のために吐き出されているのか


でもなんか、めちゃめちゃもやもやしつつ、でもなんか、書かずにはいられない



きっとおそらく現時点で世界で一人も見ていないであろうこの場所に、そう、世界に開かれている場所なのに世界で一人も見ていないこの場所にこんな文章を書くことが、何のためというと、それはつまり自分のためにある




チラシの裏や自分の家の使われていないノートに同じ内容を書いても、その文章の持つ意味はとたんに変わってくる あくまでも立て付けとして、世界に開かれている、だれでも即見れるというこの場所に書くこと


インターネット このファンクションのおかげなのか、自分の思考や理念みたいなものはそれがなかったら全く変わったものになっていたと思う



遠くに自分の情報を伝えるとか どれだけすごいかってもう何度でも思い直したい すごいよほんま




マクドの深夜バイト上等 




  1. 2014/12/07(日) 23:01:03|
  2. 雑文

こっちもまた書き始めることにします

最後の更新が2013年4月29日という半端なさ

そしてその記事の中で悩んでいる答えが2014年にでるということを書いているということで、現在は2014年も11月半ばに差し掛かっているということで、


上記の文章を書いた時の心境はおおむね覚えていて、今はそのときの悩みに対する答えとしては、決断は間違いなくよかった、と思える


それは本当によかった、が、一方で別の悩みももちろん出てきていて、でもそれはその瞬間瞬間は大きな悩みとして相変わらずしんどいものがあるけども、でも一歩下がって引いて遠目に眺めてみれば、去年の時の悩みとはそもそも程度が違う だからやれるはずだと、むしろやるやらないどうこうとは別で、何も問題がないという
謎の核心めいたものがある



こっちの文章もまた次が2015年とかになる可能性も大いにありうるけども、でもせっかくこうして
1年と半年以上ぶりに書き始めたということは少なくとも自分のなかで何かがかわり何かが動き出したということで、そのことを素直にこのまま指先に反映し文章を書いていこうと思っています


とりあえず飲もう 夜はこれから!
  1. 2014/11/12(水) 08:36:25|
  2. 雑文

判断基準

ここ数ヶ月、自分の周りに息つく間もなくやってくるたくさんの判断
その基準の難しさを思う


この世の中、自分が想像する以上にいわゆる素人では判断できようもない、むしろ多少知識を入れようと動いてみるとよけいにその世界の大海に気づき逆に決められない選択肢が増えてしまう

そんななかで選んだ決断がただしいかどうかなんていうのは結局後になった、つまり未来の自分がすでに過去となったそれを思い返した時にのみ判断されるものであるから、悩みすぎてもどうしようもないとも思える


しかしそれでも、悩む 悩みに悩んで悩み抜いてしかし答えが出せない そして今回更に悩ましいのはそれが正しかったのかどうかがわかるであろう時が今これを書いているときから半年以上先の、もう2014年になるときであること

それを無事に、どういう選択をしようとも無事とはいえないことだけは間違いなく言えるけども、迎えてようやく当時の自分のひとつひとつの行動に自分が評価をくだすときができると思っている




そして今でも思うのは、格差を確実に感じ始めている自分がいるということ そんなレイヤーくそくらえだと思ってた、いや今も思ってるはずだけど、この感じてしまったものが乗り越えられるかどうか、ここ3年間で決まるなと思う 自由でありたい、そのためにもう少し、この混沌とした頭の中をあえて混沌としたまま、苦しさをあえて頭に入れたまま、ものを見て、感じていこうと思う  楽しい事は大学卒業までに普通の人の100倍くらい楽しんだ自信があるから、全然問題ないしこうあるべきだと卒業した日に思ったはず 



がんばろう 









  1. 2013/04/29(月) 11:38:54|
  2. 雑文
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